合い言葉は勇気

(2022年7月現在、何故かamazonのDVD商品ページに画像が掲載されていない。忠志役の方の関係かも)

放送日 2000年7月6日~9月14日 フジテレビ系

以下は放送当時に勢い任せで書いていたものを含む。次作「盤嶽の一生」を含め、フジテレビの対応にかなり不満を持っていた時期の内容なのでご笑覧願いたい。

フジテレビの連続ドラマというと、露骨な番宣が見られるところ。そこで第1回放送日である7月6日に「めざましテレビ」「とくダネ」「いいとも」と「番宣定番番組(一寸変な表現かな)」をチェックしてみた。

「めざましテレビ」
役所広司・鈴木京香が生出演、しかしながら司会大塚範一の趣味からか、鈴木京香の方に重点が置かれているようでやや不満。「役所広司さんのフジテレビ連続ドラマ出演は15年ぶり」というコメントがあり、ここで言う「15年前の作品」というのが「親戚たち」であることは周知のことであるが、その時の映像が流れなかったのも不満。

「とくダネ」
生出演は無かったものの、役所広司のプロフィールについて紹介があった。定番の「千代田区役所勤務」あたりがいまだに出てくるのは仕方のないことなのだろうか。ところがそこから一歩踏み出して、「諫早・八百作・役所」のエピソードにふれ、何と「八百作のおばさん」が出演されたのには驚き。加えて仲代達矢が最後まで粘ったという芸名「役所工事」のエピソードが出てきたのは収穫。

「笑っていいとも」
フジの露骨な番宣といえばこれなのだが、何故かテレホン・コーナーゲスト共に出演なし。何故・・・?

「番外」
7月8日放送の「27時間テレビ」中に「新ドラマ対抗クイズ」があった。「新ドラマ」と銘打っているのだから、当然「合い言葉は勇気」も登場するかと思ったら、香取慎吾だけ登場ししかも「ジュブナイルチーム」とは・・・再び何故・・・?

役所広司目当てで第1話に臨んだ方は、まさに空振りを食らわされた感であろう。実際に暁仁太郎(役所広司)が画面に登場するのは最後の最後、それも大山忠志(香取慎吾)が偶然テレビで観た「2時間ドラマで弁護士役として熱弁をふるう」場面だけなのだから。しかしながらこの場面だけ観ても仁太郎の「濃さ・クドさ」が伝わってくるあたり流石である。来週以降に期待したい。

追記
後になって第2話以降のインパクトを強めるために1話の出演部分をカットした」という話を役所広司がされていると聞いた。なるほど。(2000.7.6)

初回の鬱憤を晴らすような、まさに仁太郎オンパレードである。その中で何と言っても驚いたのが「怪物のかぶりもの」と「両手にピースサイン」だ。管理人はこれまでかなりの数の役所広司出演作品を観ているが、「かぶり物」をした演技というのは皆無ではないだろうか。これまででは「グット・バイ」中の「ピエロの扮装」に驚いたが、今回はそれを遙かに上回るインパクトである。ラストシーンでにせ弁護士として村にやってきた仁太郎が、調子に乗って両手にピースサイン、これも凄い。入院した村長の下に忠志と仁太郎が行くシーンも笑えるし(あの場面の「TVの仁太郎」を観て「しのいだれ」「シャブ極道」あたりを思いだしたのは私だけだろうか)冒頭の「殺されるシーンの過剰な演技」もなかなか。(2000.7.13)

仁太郎はあくまでもにせ弁護士なのだが、一応は弁護士らしい振る舞いをしなければならない。というわけで不法投棄の現場を見に行くことになる。ここで飛び出したのが「怪しげな東洋語」だ。「警備員に話を聞こうとしたが相手は全く取り合わない」ように見せるために「怪しげな東洋語を喋り相手を煙に巻く」という手段を思いつき、それをやってしまうというシーン、喜劇的で面白いシーンだ。相手方の顧問弁護士網干(津川雅彦)に対してもこの作戦をとるが、全く動じないばかりかあっさりと仁太郎の正体を見破ってしまう。富増村の中で唯一冷静に物事を見ている網干ををどう崩すかが今後のポイントになるであろう。(2000.7.20)

前回の予告で村長が殺されるような事を言っていたが、まさか実際にそうなるとは意外だった。前半ののんびりした雰囲気(花を不味そうに食べる仁太郎が笑える)とうって変わって後半のシリアス展開。ただ、そこは三谷作品であり、医者の頭を仁太郎が「ぺしっ」とやるなど、きちんと笑いの場面は存在する。小豆に塩を入れるようなもので、こういう場面の匙加減は流石に三谷幸喜である。網干は相変わらず冷静で、「告発」をちらつかせて来た。確かに仁太郎のやっていることは弁護士法違反の犯罪行為。これでは手の打ちようがないような気もするが。どうするのだろう。(2000.7.27)

第5話以降は未作成です。

視聴率について
視聴率というものは結局どれだけの人がそれを観ているかを統計的に算出したというだけのもので、実際の内容の善し悪しとは別のものであることは言うまでもない。結局のところ、視聴率はテレビ局が企業から広告受注する際の交渉材料にすぎない。(広告を発注する企業側からすると、視聴率の高い放送枠を確保することが効率的である一方、受注側も高視聴率の放送枠は高値が期待できる)現在のような不況化では、その傾向はよりシビアとなる。(ちなみに近頃消費者金融のCMがやたらと多いのは、不況で一般企業が広告費を削除しているという要因もある)よって遮二無二視聴率を獲得しようとするのはテレビ局も企業である以上当然のことだ。突き詰めれば、作品の良し悪しは2の次で、とにかく視聴率さえあがれば良いのだという論法も成り立つわけだ。
一方、本放送後の再商品化(ソフト化・再放送)は資産の再利用であり、初回放送時の目的とは本来異なる。本放送時の実績とは別に、その作品自体の質が重視されるべきだが、実際はここでも本放送時の視聴率が極めて重視されている。最近ではDVD化されるものとされないものの差がそこにある。ソフト化による購入見込者・再放送による視聴者は本放送時の視聴率と比例するであろうという想定(この想定が真かどうかは別として)で商品化スタンスを決定しているわけだ。したがって本放送時の視聴率は将来の再商品化を考えると高いにこしたことはない。
そこで「合い言葉」であるが、本放送における視聴率は極めて低い水準で推移した。このため、観ていなかった人の評価が極めて低いだけでなく、上記を反証するかのように再商品化でも全く力が入れられていない状態にある。DVD化は当然されていないばかりか、セルビデオの制作もかなり少ないようでレンタル店でもまず見かけない。まぁレンタル店でも回転率の低そうなドラマのビデオに投資するリスクはとらないだろうが。一方再放送による再商品化も同様の状態だ。私の住む北海道では毎週水曜深夜1時からという何ともすさまじい時間に再放送されている。一体どんな視聴層を対象にしているのだろうか。
その一方で、本作は放送後にシナリオが出版されている。これは高視聴率ドラマでも珍しいことだろう。この本の販売ベースは恐らくかなり低いだろうし、そのことは原作者の三谷幸喜も「はしがき」で書いている。しかしシナリオが出版されるということそれ自体が、作品のクオリティの高さを裏づける証明となっている。
では作品のクオリティが高いにもかかわらず何故に低視聴率となったのか。この点について共感を得られるかどうかはわからないが少し愚見を述べてみたい。

編成に関する問題
「合い言葉」は木曜10時という時間帯に放送されていた。フジテレビにとって本来この時間帯は月9とならぶ高視聴率帯だ。一例として「愛という名のもとに」がこの時間帯に放送され、大ヒットとなったことを指摘しておこう。但し「合い言葉」のような作品をこの時間帯に持ってくるのは編成判断のミスである。以下にその理由を記す。
そもそも「合い言葉」の視聴ターゲット(もっと広く言えば「三谷幸喜作品」全般)は「コメディセンスのある大人向け」であることは疑いない。しかし裏に「ニュースステーション」や「ダウンタウンDX」が放送されている同一枠で、これらターゲットとしている層が毎週連続ドラマを観るかというと非常に疑問であろう。
過去、同一枠で放送された三谷作品に石橋貴明・西村雅彦・飯島直子による「今夜宇宙の片隅で」がある。ウイットに富んだコメディとして優れた作品であるが、一つ前の放送枠「みなさんのおかげでした」に石橋貴明が登場する(つまり潜在的な「番宣」になっている)にもかかわらず低視聴率で推移した事実もある。
結論。この時間帯において連続ドラマで高視聴率を獲得するためには、これら「ニュース」「バラエティ」にチャンネルを変えることなくドラマを毎週見続ける層を対象にした作品でなければならない。この層とはいわゆる「制作側が想定するF1層」にほかならない。さらに制作側の想定を続ければ、F1層は実力のある重厚な俳優陣によるウイットのあるコメディよりも、ルックス重視の若手俳優を起用した男女の恋愛ドラマを好むということになる。実際この枠で高視聴率を獲得しているのはこのテの作品である。つまり、「合い言葉」は木10という枠に編成された時点で、視聴率を獲得できないことは充分予測されていたわけだ。

宣伝に関する問題
編成より更に重要なのがこの点。「合い言葉」は当初こそ「とくダネ」「めざまし」等でも紹介されていたが、上に書いた要因により視聴率が伸びないことがわかると途端にフジテレビの宣伝意欲が低下した。
本作に関する宣伝姿勢に対する疑問は当初からあった。特番の「新番組対抗クイズ合戦」で、月~水までがそれぞれ番組ごとに参加していたのにもかかわらず、木曜日は「合い言葉」チームならぬ「ジュブナイル」チームとして登場していた。確かに香取慎吾つながりということになるのだが、どう考えてもおかしな話である。
また、視聴率が思うように伸びない場合の番組宣伝・視聴率テコ入れ手段として、出演者を「いいとも」にゲスト出演させるという手段がよくとられる。結局のところフジテレビにとって「いいとも」は使い勝手の良い宣伝番組なのだが、ついに「合い言葉」出演者で放送中に「いいとも」に登場した方は(もともとレギュラーの香取慎吾以外には)なかった。筆者の個人的感想だが、役所広司は「いいとも」を敬遠しているように思われるのでご本人の出演は難しいとはみていたが、共演者も含めてとなると全くもって異常な事態である。この宣伝活動の中途半端さが、低視聴率⇒宣伝削減⇒更なる低視聴率という悪循環となったと筆者は考える。フジテレビはこれとは逆の過剰な宣伝による視聴率煽動を得意としている(これをやっても上がらないという酷い状況が最近多いが)が、数字の挙がらない作品はいち早く切り捨てるという体質なのである。最初に書いた企業の論理から行くとやむを得ない部分もあるが、あまりにもひどい。ちなみに現在放送中の「盤嶽の一生」に対しては「もともと宣伝する気がない」という姿勢であり更に酷い状況だ。

不幸な作品
「合い言葉」は、視聴率低迷の最大原因が自らの「編成のまずさ」にあるにもかかわらず、フォローとしての宣伝を切り捨てるというフジテレビの無責任極まりない対応により、更なる視聴率低下を招くこととなった作品なのである。内容により低視聴率となった作品でないことは明らかだ。しかし、普通の視聴者はそこまで考えず「低視聴率すなわち面白くない作品」と考えるし、テレビ局側の再商品化の際も同様だ。そうでなければ水曜深夜1時という時間に再放送されるはずがない。ちなみにセルビデオも絶版状態のようだ。こうして視聴の機会はどんどん減っていく。
ここにいらした皆さんには、数少ない視聴の機会を逃さないでいただきたいものである。

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