1979年11月公開作品である。
作品説明では学徒動員直前の「最後の早慶戦」を描くというものだが、実際は二時間の作中の最初の30分時点で時局柄様々な妨害を受けながらも何とか試合にこぎつけるまでが描かれ、その後は予科練入隊した学生たちが厳しい訓練を受けた後に特攻隊として戦死していくという構成となる。
主役の永島敏行氏(秋山、早稲田大学野球部キャッチャー)は各所からの妨害により早慶戦なんて出来ないと諦めていたこともあり、野球練習を妨害してきた一団との口論で勢いに任せて学徒動員前に志願してしまつたことにより、「最後の早慶戦」には参加できず新聞でその結果を知るという、図らずも「看板に偽りあり?」的な展開となる。後半はこの秋山の目線(後述する事情から秋山は不本意にも特攻に向かう戦友を見送る立場に置かれる)で描かれてゆく。
さて本題の役所広司氏の出演であるが、劇中中盤になってようやく姿を見せる。
昭和19年1月。台湾高雄航空隊に配属された秋山は、訓練飛行中に見せた持ち前の度胸と運動神経(田中邦衛氏が同乗の笠間指導教官役だが笑える場面となっている。「北の国から」以前の田中邦衛氏のポジションが判る)から、経験が浅いにも関わらず教官(岸田森氏)から単独飛行を提示されるシーンで、秋山のすぐ後ろに写り込んでいる。
提示された秋山は迷うこと無くそれを受けいれ、単独飛行に志願する。順調に飛行を続けていたが、笠間教官が「秋山に着陸のやりかたを教えていない」というとんでもないことが判明、案の定、着陸に失敗し近くの豚小屋に突っ込んでしまう。この救援でトラックに乗りこむ一団にも役所氏がいる。
豚小屋に突っ込んだ秋山であったが結局自身、飛行機ともに奇跡的に無傷、唯一の死傷者は豚一頭であった。その豚は秋山の給金で買い取りとなり、その肉で隊員全員でトンカツを食べることになるが、この場面で「トンカツ、トンカツ」と騒ぐ中にも写り込んでいる。と、ここまでは写り込むだけで台詞はないし役名も不明である。
次の場面ではフィリピンのマバラカット基地に配属された秋山がいよいよ特攻任務を命じられ、苦戦しながら遺書まで書いた後に、急に上官から秋山を含めた三人が呼び出されるシーンで、その一人として登場する。
三人が上官から呼び出された理由は、この三人が隊内において空戦技術が高いことから、特攻ではなく上空からの直掩(上空から攻撃してくる敵機への対応、僚機に対する指示・支援)隊に回すというものであった。既に死を覚悟していた三人は猛反発する。
ここで役所氏の配役が「東京帝大 剣道部主将 倉島孝雄」であることがキャプションされるとともに、作中唯一の台詞となる「願います、自分も秋山や山根と同じ気持ちであります」がある。激昂しているという設定をふまえても、他の二名と比べてかなり食い気味のせりふ回しである。役所氏の映画出演作品のうち最も公開時期の早いのは「闇の狩人」にはなるが、同作は仲代達矢師主演作であり、師匠の演出なしの状態での役所氏の初台詞はこれになるのではなかろうか。作中ではこの場面の直後に特攻任務となった仲間たちから「おまえたちが直掩ならドン・ピシヤリだ」と言われる場面があり、ここで役所氏の登場は終了となっている。
サイト再構成に当たり改めてネットショップで価格確認してみたが、かなり高値となっている。中古流通も少なそうで、なかなか視聴が難しい部類にあるところが残念である。
(初稿 2022.10.16)